日蓮大聖人の御遺命とは(2)

本門戒壇についての御教示

本門戒壇についての御教示は、佐渡以後の「法華行者値難事」「法華取要抄」「報恩抄」「教行証御書」等にその名目だけが挙げられているが、未だ本門戒壇の内容については全く明かされてない。そして御入滅の弘安五年にいたって、始めて三大秘法抄と一期弘法付嘱書に、これを明示し給うたのである。本門戒壇は広宣流布の時を待って建立される重大事であり、その実現には大難事が伴う。ゆえに富木殿御返事には
伝教大師 御本意の円宗を日本に弘めんとし、但定・慧は存生に之を弘め、円戒は死後に之を顕はす。事法たる故に一重の大難之有るか」と。伝教大師の迹門の戒壇ですら存生には成らず、滅後に建立されていることを例として、「事法たる故に一重の大難之有るか」と仰せられている。「事法たる故」の文意について第五九世・日亨上人は、「事法であるから、すなわち国立戒壇であるから容易な事でなかろうと、乃至、暗示せられたのである」(富士日興上人詳伝)と釈されている。

このゆえにただ御胸中に秘められ、御入滅の年にいたって始めてこれを明かし給うたのである。以て、本門戒壇の重大さを深く思うべきである。

 

三大秘法抄

まず弘安五年四月八日の三大秘法抄を拝見する。

本抄は下総の有力信徒・太田金吾への賜書で、本門戒壇について将来、門下の中で異義が生じた場合を慮られて記しおかれたものである。ゆえに文末に
予年来己心に秘すと雖も、此の法門を書き付けて留め置かずんば、門家の遺弟等定めて無慈悲の讒言を加うべし。其の後は何と悔ゆとも叶うまじきと存する間、貴辺に対し書き遺し候。一見の後は秘して他見有るべからず、口外も詮なし」との仰せを拝する。

この三大秘法抄には、本門戒壇建立についての「時」と「手続」と「場所」が、次のごとく明示されている。

戒壇とは、王法仏法に冥じ仏法王法に合して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是れなり。三国並びに一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下して蹋み給うべき戒壇なり」と。

まず「時」については
王法仏法に冥じ仏法王法に合して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時」と定められている。

王法仏法に冥じ、仏法王法に合して」とは、国家が宗教の正邪にめざめ、日蓮大聖人の仏法こそ国家安泰の唯一の大法、衆生成仏の唯一の正法であると認識決裁し、これを尊崇守護することである。

それは具体的にはどのような姿相になるのかといえば、次文に

王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時」とある。すなわち日本国の国主たる天皇も、大臣も、全国民も、一同に本門戒壇の大御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉り、この大御本尊を守護し奉るためには、有徳王・覚徳比丘の故事に示されているごとく、身命も惜しまぬ大護法心が日本国にみなぎった時――と仰せられる。

大聖人は末法濁悪の未来日本国に、このような国家状況が必ず現出することを、ここに断言しておられるのである。

次に戒壇建立の「手続」については
勅宣並びに御教書を申し下して」と定められている。「勅宣」とは天皇の詔勅。「御教書」とは当時幕府の令書、今日においては閣議決定・国会議決等がこれに当ろう。まさしく「勅宣並びに御教書を申し下して」とは、国家意志の公式表明を建立の手続とせよということである。

この手続こそ、日蓮大聖人が全人類に授与された「本門戒壇の大御本尊」を、日本国が国家の命運を賭しても守護し奉るとの意志表明であり、このことは日本国の王臣が「守護付嘱」に応え奉った姿でもある。

御遺命の本門戒壇は、このように「勅宣・御教書」すなわち国家意志の表明を建立の必要手続とするゆえに、富士大石寺門流ではこれを端的に「国立戒壇」と呼称してきたのである。

では、なぜ大聖人は「国家意志の公式表明」を戒壇建立の必要手続と定められたのであろうか。

謹んで聖意を案ずるに、戒壇建立の目的は偏えに仏国の実現にある。仏国の実現は、一個人・一団体・一宗門だけの建立ではとうてい叶わない。国家次元の三大秘法受持があって始めて実現する。その国家受持の具体的姿相こそ「王仏冥合」「王臣受持」のうえになされる「勅宣・御教書」の発布なのである。

もし国家意志の表明により建立された本門戒壇に、御本仏日蓮大聖人の法魂たる「本門戒壇の大御本尊」が奉安されれば、日本国の魂は日蓮大聖人となる。御本仏を魂とする国はまさしく仏国ではないか。「日蓮は日本の人の魂なり」「日蓮は日本国の柱なり」の御金言は、このとき始めて事相となるのである。

次に「場所」については

霊山浄土に似たらん最勝の地」と定められている。

ここには地名の特定が略されているが、日興上人への御付嘱状を拝見すれば「富士山」たることは言を俟たない。さらに日興上人は広漠たる富士山麓の中には、南麓の「天生原」を戒壇建立の地と定めておられる。天生原は大石寺の東方四キロに位置する昿々たる勝地である。

ゆえに日興上人の「大石寺大坊棟札」には
国主此の法を立てらるる時は、当国天母原に於て、三堂並びに六万坊を造営すべきものなり

と記されている。ちなみに「三堂」とは、本門戒壇堂・日蓮大聖人御影堂・垂迹堂をいう。

また第二十六世・日寛上人は
事の戒壇とは、すなわち富士山天生原に戒壇堂を建立するなり。御相承を引いて云く『日蓮一期の弘法 乃至 国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり』と云云」(報恩抄文段)と。

この「事の戒壇」とは、申すまでもなく広宣流布の暁に事相に建てられる戒壇である。

さらに第五十六世・日応上人は御宝蔵説法本に
上一人より下万民に至るまで此の三大秘法を持ち奉る時節あり、これを事の広宣流布という。その時、天皇陛下より勅宣を賜わり、富士山の麓に天生ヶ原と申す曠々たる勝地あり、ここに本門戒壇堂建立あって……」と示されている。

以上、三大秘法抄の聖文を拝すれば、本門戒壇建立についての「時」と「手続」と「場所」は太陽のごとく明らかである。まさしく御遺命の戒壇とは「広宣流布の暁に、国家意志の公式表明を以て、富士山天生原に建立される国立戒壇」である。

次の「時を待つべきのみ」とは、広宣流布以前に建立することを堅く禁じた御制誡であり、同時に「広宣流布は大地を的とする」との御確信がこの御文に込められている。

事の戒法と申すは是れなり」とは本門戒壇の建立が即「事の戒法」に当るということ。

戒とは防非止悪(非行を防ぎ悪行を止める)の意であるが、国立戒壇を建立すれば、本門戒壇の大御本尊の力用により、国家そのものが防非止悪の当体となる。そのとき、国家権力が内には人民を安穏ならしめ、外には他国を利益する慈悲の働きになる。

またこの仏国に生ずる国民も、自ずと一人ひとりが戒を持つ当体となる。世間の道徳や小乗経の戒律は外からの規律であるが、本門の大戒は、御本尊を信じ妙法を唱えることにより我が心に仏様が宿り、自然と我が生命が貪・瞋・癡の自害々他の境界から、自利々他の働きに変わってくる。よって国立戒壇が建立されれば、いま日本社会に充満している凶悪犯罪などは、朝露のごとく消滅するのである。

三国並びに一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下して蹋み給うべき戒壇なり」とは、本門戒壇の利益の広大を示されたものである。

この国立戒壇は日本のためだけではなく、中国・インドおよび全世界の人々の懺悔滅罪の戒法でもある。いや人間界だけではなく、その利益は梵天・帝釈・日月・四天等の天界にまでも及ぶ。何と広大無辺の大利益ではないか。そしてこの仏国を諸天が守護することは、この「大梵天王・帝釈等も来下して……」の御文に明らかである。

思うに、本門戒壇の大御本尊は、日蓮大聖人が日本および全世界の人々に総じて授与された御本尊である。かかる全人類成仏のための大法を、日本が国家の命運を賭しても守り奉る。これが日本国の使命である。日本は日蓮大聖人の本国であり、三大秘法が世界に広宣流布する根本の妙国なるがゆえに、この義務と大任を世界に対して負うのである。

かかる崇高な国家目的を持つ国が世界のどこにあろう。人の境界に十界があるごとく、国にも十界がある。戦禍におびえる国は地獄界、飢餓に苦しむ国は餓鬼界、没道義の国は畜生界、飽くなき侵略をする国は修羅界である。その中で、全人類成仏の大法を、全人類のために、国運を賭しても護持する国があれば、それはまさしく仏界の国ではないか。これが国立戒壇の精神なのである。

日本に本門戒壇が建立されれば、この大波動は直ちに全世界におよぶ。そして世界の人々がこの本門戒壇を中心として「一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし」(報恩抄)の時いたれば、世界が仏国土となる。この時、地球上から戦争・飢餓・疫病等の三災は消滅し、この地球に生を受けた人々はことごとく三大秘法を行じて、一生のうちに成仏を遂げることが叶うのである。

ゆえに教行証御書に云く
前代未聞の大法此の国に流布して、月氏・漢土・一閻浮提の内の一切衆生 仏に成るべき事こそ、有難けれ有難けれ」と。

大聖人の究極の大願はここにあられる。そしてこれを実現する鍵こそが、日本における国立戒壇建立なのである。

一期弘法付嘱書

次に一期弘法付嘱書を拝する。

日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す。本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂うは是れなり。就中我が門弟等此の状を守るべきなり

この御文は師弟不二の御境界であられる日興上人への御付嘱状であれば、一代の施化を括り要を以てお示し下されている。

日蓮一期の弘法」とは、大聖人出世の御本懐たる本門戒壇の大御本尊の御事である。いまこの大御本尊を日興上人に付嘱して「本門弘通の大導師」に任ぜられ、広宣流布の時いたれば富士山に本門戒壇を建立すべしと命じ給うておられる。

国主此の法を立てらるれば」の一文に、三大秘法抄に示された「時」と「手続」が含まれている。そして三大秘法抄には略された建立の場所を「富士山」と特定されたことは重大である。

富士山は日本列島の中央に位置し、日本第一の名山である。その名は郡名を取って「富士山」と通称されているが、古来よりの実名は「大日蓮華山」である。日本は日蓮大聖人の本国にして三大秘法の本国土である。その日本国の中にも、この大日蓮華山こそ文底深秘の大法の住処、本門戒壇建立の霊地なのである。

この富士山に、広布の時いたれば国立戒壇を建立せよ──と御遺命されているのである。

そして文末には
就中、我が門弟等、此の状を守るべきなり」と。

この重大の御遺命に背く者は、まさに師敵対の逆徒、魔の眷属である。